※ 今日の一言 ※ '16年の秋バリから無事に帰国しています。次の春バリまでの間に2度ほど別の国への渡航も挟みますが、ブログは'16年秋バリ記録+春バリで記録し残している分に特化してぼちぼち個別備忘録をあげていく予定です。


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2011年 02月 26日
羽田から、いってきます
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今からバリへ向かう私。なぜ関空ではなく羽田から??と申しますと、
『チーム江戸プレゼンツ・お蒲田オフ』に参加したかったからー!!

だって、お蒲田に集合した「チーム江戸」はこーんな豪華キャスト☆
(強制的に全員フレディー・・・しかも女装wにしてみました)
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幹事長の鯔ちゃんを筆頭に、ぱうさんこぱさん、えこさん、ベッティーご夫妻、まじかるさん、
meroさん、hiyokoさん&監督ご夫妻、Gunungさん、そして急遽乱入の日帰り女pipiちゃん、
初対面だったジオさん&ゲンさんご夫妻、ちぐちぐちゃん、皆様 楽しい時間をあーざーっす
バリブロガーさん達に囲まれて幸先のいい 出発となってタイチョはご機嫌です
初対面はジオさんご夫妻と 鯔ちゃんのご友人のちぐちぐちゃんだけだったのですが
鯔ちゃん&pipiちゃん以外のみなさんとは、今までバリでしかお会いしたことがなかったので
日本のお江戸のお蒲田で会ってるなんて不思議な気分。そしてギョーザ@中華食ってても
なんだかバリに居る気分がするのはやっぱりこのメンツだからかしら???

無事に空港までのバスに乗せられw (ぱうさんに、駅前まで米を運ばせw)羽田につきました。
制限30KGのところ、預け荷物が35KGになってアワアワでしたが
超過料金をとられることもなく無事にラウンジで搭乗時間を待っている現在。
この後TG661便に乗って、記念すべき(多分)50回目のバリ島へいってまいりまーす。


今日のフジヤマ フロム のぞみ
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Top▲ | by la_viajera | 2011-02-26 23:36 | bali & indonesia | Trackback | Comments(32)
2011年 02月 23日
バリ⇔ロンボク 海路で行って空路で戻るの巻 (2006年6月版)
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直前トピ(2006年6月・ロンボク)の時の写真がまだいろいろ残ってるのでついでに整理整理w

今回は、(現在とは金額も状況も変わってるのだろうけど)5年前当時の記録として
往路パダンバイからのフェリー利用と復路マタラム空港からのWINGSAIR利用の様子を残しておきます

この時は、エアで行きたい私とフェリーで行きたいセニョ@旦那とで意見真っ二つだったので
まずはギリトゥラワンガンに向かうため、セニョの意見を尊重してパダンバイからのフェリー利用
トラワンガンでVilla Ombakに滞在し(レポは過去記事で) その後ロンボク南部に移動してノボテル滞在。
帰りはクタ(ロンボク南部)からになるのとバリに戻ったらタバナン滞在だったためエアを選択。
当時はメルパチ、GT、Wingsなどの選択肢があったのですがどれもあてにならないのは同じなので
フライトスケジュールが比較的都合よい時間だったWings Airに乗ることになりました

当時はアメッドからギリに渡るスピードボートも定期運航してなかったので海路も時間がかかるわ
ングラライからガルーダの国内線も通ってなかったので空路もフライトがあてにならんわで
けっこうリスキーな行程だったんですけど フェリーが予想以上に時間がかかった以外は誤算もなく
お天気にも恵まれたロンボクへの5日間のプチおでかけとなりました。
今頃改めて記録するのもどうかと思ったんですけど、PC内にデータが残ってたので思い出記録という事で
5年前ということを前提に、往路のフェリーと復路のエアをまとめてあげておきます。



また長くなりますが、往路・復路ともに一気に走り書きw
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Top▲ | by la_viajera | 2011-02-23 20:57 | bali & indonesia
2011年 02月 20日
丘の上から (2006年 ロンボク)
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                      Jun. 2006 @ Kuta, Lombok Island, Indonesia

ここんとこ'90年代のフィルム写真のデータが続くとどうも昭和の香りがプンプンですなwww
個人的にはそれも大好きだけど、20世紀の過去旅はまだまだネタがありすぎてキリがないので
またいつか過去旅をまとめてUPするであろう機会においといて(ってか、整理しきれなかったので挫折w)
今日からはデジカメデータをPCから削除前の整理整頓という事で 新し目の2006年のロンボク南部。
同じクタという地名でも、バリのクタとはまーったく違う静かできれいなビーチが広がっております
この写真は、丘の上からタンジュンルー方面?(確証なしw)を撮ったもの。ここからの風景は最高★
乾季ゆえに丘事体に緑が少なめの苔状態ですが、濃い緑と青のグラデがとっても美し~いんです


今日は20世紀の写真じゃなくて2006年の写真でお届けしますw
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Top▲ | by la_viajera | 2011-02-20 04:32 | bali & indonesia
2011年 02月 17日
これ どこよ?? ( 1998年 イスタンブール)
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                           May & Jun. 1998 @ Ayasofya, Istanbul, Republic of Turkey

1998年、スペインのアンダルシア地方を中心に モロッコやポルトガルに足をのばす予定で
5月半ばからの10週間の休暇をゲット。7月に入ったら東京の友人とバリ島で合流する計画や
その後にハワイで後輩の結婚式参列予定があったので 欧州そのものは約7週間の放浪ですが
たまたまキャンペーンでトルコ航空利用の欧州便が安かったので、往復共にイスタンブル経由の
トルコ航空を利用することになりました。せっかくなので往路で3泊、復路で6~7泊ぐらいは
トルコに滞在しようと思いつきまして、特に何の下調べもせず何の前知識もなく「ついで」のノリで
イスタンブルに上陸。往路の3日間で地理や段取りをふわっと把握しておいて復路で満喫する胸算用。

しかーし、結果的には往路経由滞在時(イスタンブルのみ)も 復路経由滞在時(主にボドルム)も
「観光名所満載のせっかくの旅先で、何してたねん!」と突っ込みどころ満載のトルコ滞在になりまして
周りからはあぁもったいないもったいないと言われまくるのですが、本人はいたって大満足。
もともと本来の目的地は スペイン南部とモロッコだった私にとって その旅の玄関口&終着点になった
トルコという国はまさに西洋と東洋の分岐点。旅程的にもいい役割を果たしてくれました。
そして、たくさんの人々との出会いのおかげで私にとってはトルコでの日々も特別な思い出になりました。

そんな中、イスタンでは偶然出会ったイタリア人のおかまちゃんとつるんで毎日大爆笑してたので
わざわざカメラを出すということもせず、イスタン滞在中の写真がこの場所での数枚ポッキリwwwwww
しかも暗すぎて これどこやねん??・・・ってずーーと疑問に思ってた。
でもbungaさんのトルコレポを見て「あ!アヤソフィアやったんや★ 」と 今更発覚した事実。
そういえば、ブルーモスクは無料なので入った記憶があるんだけど、それ以外のどこかに入るときに
「学生さんはタダでいいよ」っていわれて私もおかま君も学生でもないのにタダになった記憶が・・・w
それがきっとアヤソフィアだったのでしょう(笑) でもこんな写真じゃダイナシじゃねーか!!
・・・というわけで、本日はイスタンブルでのお話(往路経由滞在時の方を中心に)を。



では今回も、長いわりにはなんの役にもたたない単なる思い出話を。
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Top▲ | by la_viajera | 2011-02-17 00:44 | 過去の道楽(たび) | Trackback | Comments(14)
2011年 02月 15日
インドとわたしの微妙な関係 (1993年 ボンベイ=ムンバイ)
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               Aug. & Sep. 1993 @ Dhobi Ghat, Mumbai, Republic of India

いきなりですが、私にとってのインドは あまりいい思い出がありません(爆)
別にぼられたとか騙されたとかではないんですが、1993年当時若造だった私にとっては
子供達や彼らを操る大人たちの商魂のたくましさやそのシステムに辟易したという感じ。
つか、子供の物乞いに冗談が通じないというか(通じてもなんなんだけどw)ひたすら悲壮
最後にはしがみつかれて「どいてー!」って振り払う自分を鬼のように感じて自己嫌悪になったり
たとえば道案内とかしてくれた子に何かあげても 後でボスみたいな人が全部かっさらっていったりして
本当にお礼がしたい相手には渡らないことだとか、あげることによって次の観光客が同じ目にあうこと
だとか、いろいろ考えると あげてもあげなくても心が痛い&誰もハッピーな気持ちにならないやり方が
あまりにも不愉快に思えたので、 正直 「こういう人達とは心通じたくない。しんどいだけ。」と
早い段階で自分の方からシャッターをおろして視野を狭めてしまったのが原因なのだと思う。
しかも、インドの直後に予定していた旅先では「インド帰りの人はイエローカードなけりゃ入国できない」
などと言われてたので ヴィザとるのが面倒だっただけでなく各種予防接種もしなきゃいけなくて
「そうまでしてインドに行きたいわけじゃないんだけど・・・」という訝しい気持ちで旅立ったから
ちょっと不愉快なことがあると「やっぱりなー。私は今来るべきではなかったんだなー」ってネガな気分に。
過去に旅先で腹がたったことやむかついたこととかなら俄然バリでの方が数百倍多いんですけど、
私の過去旅の中で 唯一笑えなかった旅先がインドだったのであります。
でもまぁそれゆえに ある意味 忘れられないディスティネーションってことになるんですけどww


当時、タイチョ24歳。はじめてのインドでもの思ふの巻 w 長いけど続きはこちらから。
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Top▲ | by la_viajera | 2011-02-15 21:35 | 過去の道楽(たび)
2011年 02月 13日
南太平洋のしあわせな風景 (1995年 フィジー)
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                             Jul.1995 @ Viti Levu Island, Republic of the Fiji Islands

このトピで書いたのは1994年の初フィジーの時のことだったけど その時はマナ島滞在だったので
翌年1995年の再訪時には 本島というかビチレブ島に滞在して もっとローカルな部分も見てみよう作戦。
かといって南の島でのリゾート気分も少しは味わいたいから滞在先はコーラルコーストエリア。
ホテルの付近はリゾートエリアになってていかにもツーリスト向きという感じなんだけど
ローカルバスを使ってナンディーやスバまで行く途中に見える風景は素朴な海沿いの村そのもの。
この写真はその道中に撮ったもので なんてことない一枚だけどかなーりお気に入りのショット。
だって、青と緑の中に小さくて可愛いおうちと風になびく洗濯物。そして天然パーマのガキンチョ達。
これを平和な風景といわずして何を平和と言おうwwww

ちょっとここんとこ '97年のベトナム'94年のメヒコ'96年のインドネシア そして同時期のハワイ・・と
90年代中盤の普段着感覚での旅の思い出話が続いているので 今回も同じ時期の同じ感覚のものを・・
と思ってPC内の写真を探してみたのだけど、FIJI編は'94版も'95版も ろくな写真が見当たらず(爆)
でも、この写真だけはとっても気に入っているので データを削除する前にblogに残してみましたw

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Top▲ | by la_viajera | 2011-02-13 20:51 | 過去の道楽(たび)
2011年 02月 11日
なつかしのコダックフラショー
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なんか、2月に入ってから'90Sの中~後半のメモリーに浸っているこのブログですが
丁度その時期は私の年齢的にも20代中盤~後半に当たる時期で、既にバブルは崩壊していたけど
過去にバブルによる恩恵はかろうじて受けた経験のある世代だから 分不相応な高級宿に泊まることも
びっくりするような値段のレストランで食事をすることも、そんなに特別なことではなかった記憶・・・。
ましてや中高生の時期は空前のDCブームだったわけですから、高い洋服やアクセサリを買うことにも
今の子ほどは抵抗がないっていうか。金額や頻度に個人差こそあれ 私と同年代の当時独身の女性は
自分達の20代の頃の金銭感覚って今思うととんでもねーな、ってのがある種の共通感覚じゃないかな?

私も時代の例に漏れず金遣いが荒かったんでw この時期から分不相応な高級宿に泊まったりする
バカンスもかなりあったんですけど、個人的にはどちらかというとグダグダのアドベンチャーな旅の方が
圧倒的に思い出に残っているわけでw。まぁこれは 私のおもしろがりーな性分がそうさせるのでしょうが
ブログに記録しておきたいナーと思う過去旅は ほとんどが「小汚い普段着系旅行」なんです。

ハワイに関しても、80年代はほぼ家族旅行的な感じでの渡航だったのでリゾート的な過ごし方だったけど
90年代はキッチンつきのコンドに滞在してレンタカー借りて毎日ぷらっぷらしてるのが当時の一番の
楽しみ方だったなー。・・・とはいえ、リゾートの便利さや気持ちよさも忘れられない俗物な私ですから
24~5歳の小娘の分際でたまーに分不相応なとこにも泊まったり行ったりしてたんですけど
でもやっぱり私にとっての90年代は バカンスよりも地元での普通の夏休みみたいな感覚で
旅先で滞在することの方に楽しさを見出していたように思います。

もちろんその後30代になって仕事でも責任が大きくなったりして、そういう日常の頑張りからの
リラックスや気分転換やご褒美としてのバカンスのありがたみや楽しさもその後の人生で経験するわけで
再びリゾート好きに逆戻りしたりもするんですけど、欲張りな私としては、同じ旅行は旅行でも
「ウットリバカンス」も必要だけどやっぱり「等身大の普段着放浪」という旅の形態もそれぞれ必要で。

で、表題のコダックフラショー。'99年にコダックがスポンサーをおり、'02年にはなくなってしまったので
今は亡きイベントなんですが、私は'80~'90年代当時にこれを観にいくのが大好きだったんっす。
決まった曜日に週に何度かカピオラニ公園でやってたんですけどなんつーても無料なのが魅力。
コダック主催ってこともあって シャッターチャンスをたくさん用意してあるせいかみせる演出もうまいし
最後には観客参加もあるので (参加したくない人は参加しなくていいので強制ジョゲとは話が違う!)
同行者が初ハワイの時は あほの一つ覚えみたいにかならず連れて行ってたなーwwww
だって有名なイベントなのにあんまり日本人居ないからオアフにおいてはそういう意味で新鮮だし。
しかも無料なのにけっこう見ごたえのあるショーを1時間観れるんだよ。行くっきゃないでしょ(笑)

聞けば、1937年から65年間続いたショーだったらしく 開始当時、夕方から夜にかけての
写真が撮りづらい時間帯にしかなかったフラショーを、きれいに写真が撮れるお昼間に開催しようという
フィルム会社ならではの発想でコダックがスポンサーになってはじめたイベントだったらしい。へぇ~。
よく観にいってたのに今はもう見れないということもあって、 この写真がでてきた時には
80~90年代のハワイ旅行の数々を思い出して思わず懐かしさがこみあげてしまったよ。
そしてせっかくシャッターチャンスに考慮したイベントになってるのに私の撮った写真ときたら!(爆)
なんで 本編じゃなくて終盤の観客参加後の写真なのよ?!ってwww
でもね、この時の黄色いTシャツ軍団がめっちゃ楽しくて。彼女達のおかげで本編も盛り上がりまくり。

この写真の黄Tの団体は、テキサスから来た女子校の修学旅行生徒達。時は'96年だったかな?
彼女たちはショーが始まってからも元気元気で 司会者の人とのかけあいとかもスゲーおもしろくて
何より観客である本人たちが相当楽しんでたのがとーっても良くて 他のお客さんも和気藹々。
観るべき時は騒がずにきちんと鑑賞していてマナーもいいのに ちょっとブレイクになると女子ノリ炸裂。
これはショー後半の観客参加の時の写真なんだけど、キャッキャ大騒ぎで、観てても楽しかったー
そういうのを思い出したら、やっぱりいつかこういうイベントが復活してほすぃーなと思うわけで・・・・。

最初に観たのは母の記憶によると私が小6ぐらいの時だったらしいんですが覚えちゃいねーやwwww
最後に観た時はスポンサーも変わってたのでイベントの名前も変わっちゃってて
それが2002年の1月だったかな? その年の秋に終了しちゃったみたいなんですけど
65年間で延べ1700万人の人が観たというこのフラショー。
これがなくなってから 朝からカピオラニ公園の特設会場に向かう習慣もなくなっちゃった私ですが
来年あたり、終ってから10周年 あるいは開催から75年とかなんだかんだ屁理屈こねて(笑)
期間限定でいいから 復活してくれないかなー。やっぱ不景気だから無理なのかなー。
ここんとこオアフは経由地扱いですぐにネイバーに渡っちゃうハワイ滞在が続いてるけど、
もしも、これをまた観れるんならオアフにももう少し長く滞在しちゃおっかなー なんて思うんですけどね


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Top▲ | by la_viajera | 2011-02-11 21:03 | hawaii
2011年 02月 09日
チチャによる寝起きドッキリ @ ギリアイル (1996年 ロンボク)
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                                        May. 1996 @ Gili Air, Lombok

私は 蝶や羽虫は気持ち悪いから苦手なんですけど 爬虫類に関しては大好きなんです。
カラスヘビとかには全然魅力を感じないですけど毒々しい模様のある蛇はかっこいいと思うタイプw
蜥蜴もだーいすきなので チチャ(ヤモリ)も全然平気だしむしろ「かっわいいー」という感じ。
トッケーは(私は平気なんですが)ちょっとグロテスクだし糞害もあるので苦手な人が多いのは
なんとなくわかるんですけど、チチャさえも苦手だという人がけっこういらっしゃるようで・・・・。
そんな時、平気な人は「大丈夫よ、チチャは蚊を食べてくれるありがたい存在だし 人間に対しては
危害を加えないから★」と言ってチチャを苦手な人をはげます(?)ことが多いかと思いますが
いえいえ、私 無防備な状態でチチャに危害を加えられた経験・・・・ございました(爆)

私はチチャが好きなのでそれがトラウマになることもそれきっかけで苦手になることもなかったけど
その時はほんとにびっくりしたし 今でもその時の感触は忘れられないので 過去の体験談として
ちょっと今日はその時のことを記録しておこうと思います。 あぁおそるべし、離島のロスメンw


では、'96年5月のチチャにびびった経験を中心にギリアイル滞在中や移動中のお話を
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Top▲ | by la_viajera | 2011-02-09 23:55 | bali & indonesia
2011年 02月 08日
カルメンとベアトリス (1994年 メキシコシティー)
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                                         Jul. 1994 @ Ciudad de México

写真中央 赤いノースリーブの姉・カルメンは2児の母。白いTシャツの妹・ベアトリスは当時大学生。
彼女達との出会いはカンクンからメキシコシティに向かう長距離バスの中。
この姉妹、メキシコ人なんですけど一家でアメリカ移住されておりまして当時はフェニックス在住。
会話はスペイン語。英語が通じるのはベアトリスだけなのでなんとなく地元の人と知り合った気分w
(厳密に言えばお里はメキシコシティなのでご当地に詳しいから地元民みたいなもんですけど)
カンクンへはママ&姉妹+子連れで来ていたけど、メキシコシティでは滞在先の親戚にちびっこを預けて
ママとカルメン&ベアトリス姉妹とでいろいろと観光旅行を楽しむつもりとのことで
「メキシコシティに着いたら一緒に遊びましょう!いろいろ案内してあげるよ~」って言われて
毎日のように宿泊先のホテルに迎えに来てもらっては ご一緒させていただいておりました

正確には私のファーストメヒコはこの年をさかのぼること8年前(1986年)だったけど
私にとってはきっとこの1994年の7月が 本当の意味での【私のメヒコ】との出会いだったというか。
それまで「好きな旅先は?」と聞かれると エリア的には中米カリブ地域が好きだったけど
あれもこれもそれぞれのよさがあるからな~・・・といまいち煮え切らない回答を繰り出してた私が
(老後住むならやっぱりハワイ島希望ですがw)「旅先としてはメヒコ!」と即答できるようになったのは
この時のTちゃんとのメヒコ滞在がすべてのきっかけだったと思う。
そして、なんでそんなに好きになったかを思い返すと やっぱりこの姉妹&ママの存在は外せないわけで。


写真少ないくせにまたまた長くなりますが 1994年7月17日の記録を中心に。
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Top▲ | by la_viajera | 2011-02-08 19:51 | mexico
2011年 02月 06日
14年前の ベトナム滞在再記録 ~ 居候生活編 ~
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前回は テト(旧正月)前後のことを中心に記録しましたが たった2週間の居候期間とはいえ
初のホーチミンシティで(しかも華人街に)居候生活というのは なかなか新鮮なことの連続で
大昔に軽~くUPしただけでは語りつくせない思い出深いローカル生活体験になりました。
そのかわりと言っちゃーなんですが、普通観光で行くようなフレンチコロニアルな町並みを歩いたり
オサレーなカフェに入ったり 可愛い雑貨を求めて洒落たショップに行くなどということは一切なかったけど
今思えばそんなことよりも もっともっと思い出に残る経験をさせてもらったなー、と。
そう考えると 2週間のうちのほんの一部の出来事ではあるけど、少しだけ写真がでてきたので
この機会に改めてこの14年前の滞在を振り返って記録しておこうと思います。

ちなみにTOP写真は 居候先のご夫妻(日本在住の友人の姉夫妻)ではなくその家の 近所のご夫妻。
家の隣でバゲットに挟むつくねみたいなものを焼いておられるんですけどいつ見てもめっちゃ仲良し★


長くなりますが 備忘録を兼ねて14年前の居候っぷりを振り返ってみます
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Top▲ | by la_viajera | 2011-02-06 23:59 | 過去の道楽(たび)