※ 今日の一言 ※ '16年の秋バリから無事に帰国しています。次の春バリまでの間に2度ほど別の国への渡航も挟みますが、ブログは'16年秋バリ記録+春バリで記録し残している分に特化してぼちぼち個別備忘録をあげていく予定です。

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2011年 02月 06日
14年前の ベトナム滞在再記録 ~ 居候生活編 ~
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前回は テト(旧正月)前後のことを中心に記録しましたが たった2週間の居候期間とはいえ
初のホーチミンシティで(しかも華人街に)居候生活というのは なかなか新鮮なことの連続で
大昔に軽~くUPしただけでは語りつくせない思い出深いローカル生活体験になりました。
そのかわりと言っちゃーなんですが、普通観光で行くようなフレンチコロニアルな町並みを歩いたり
オサレーなカフェに入ったり 可愛い雑貨を求めて洒落たショップに行くなどということは一切なかったけど
今思えばそんなことよりも もっともっと思い出に残る経験をさせてもらったなー、と。
そう考えると 2週間のうちのほんの一部の出来事ではあるけど、少しだけ写真がでてきたので
この機会に改めてこの14年前の滞在を振り返って記録しておこうと思います。

ちなみにTOP写真は 居候先のご夫妻(日本在住の友人の姉夫妻)ではなくその家の 近所のご夫妻。
家の隣でバゲットに挟むつくねみたいなものを焼いておられるんですけどいつ見てもめっちゃ仲良し★





中国圏では朝食は外食というパターンが多いと聞いたのですが、ベトナムの華人家庭もそれが
スタンダードなのか 居候させてもらってたGちゃんのおねえさん一家やその周辺の住民たちも
朝は 移動式屋台で好きなものを注文して軒先や玄関先で食べるパターンが多かったみたい。
この付近の家は商売もやっておられるので忙しいから 朝は作らないだけかもしれないけど。

遅く起きる私とGちゃんはいつも一旦朝の混雑が終った玄関先で出前の朝食タイム。
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私はたいていバゲットに何か挟んだベトナム式サンドイッチとベトナム式アイスコーヒー。
コーヒーは大好きなんですが、当時甘いコーヒーは苦手だったのでミルクの代わりに練乳を入れる
ベトナムコーヒーは避けてたんですけどこの滞在でアイスコーヒーなら甘くても飲めるようになったっけ。
たまーに、朝から麺とかを注文するんですけど なぜか朝からデカ盛りwwww
飲み物も屋台で注文して家まで届けてもらってました。今思えば 氷とか気にならなかった自分の胃腸の強さw
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朝ごはんが済んだら、特に予定のない日は3階&4階の製麺作業場にひやかしに行ったり・・・
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↑これは、4階と屋上の作業風景ですな。
3階で作られた麺を4階のおねーちゃんたちが1人分ずつくるりとまとめていきます(写真1)
私もひやかしでくるっとまとめてみましたが不器用なのでうまくいきません(写真2)
それを屋上で天日干しするために運ぶ作業員(写真3) そして乾燥中の麺たち (写真4)

朝ごはんが済んだら・・・とか書いてるけど↑の写真を見たら、私パジャマ姿で突入してるんですけどwww

そういえばこの翌月にBaliに行った時もこのTシャツをパジャマというか部屋着にしてたんですが
象のババールの絵が書いてあったので バリのガキドモに「ババー、ババー」と指をさされたんっすわ
それを"婆ぁ"と言われていると勘違いして 「婆ぁ 言うな!」って本気でキレたら
同行者に「それってTシャツのババールのことちゃうの?」と指摘され なるほど!、と。
でもバリの子供ってRをはっきり発音するくせになんでこんな時だけアールの発音しないのさ
・・・とやはりちょっとした悪意を感じてみたり(爆)  あ、話がそれました。すいません。話を戻しますw

屋上(麺干し場w)から見える景色
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私とGちゃんは Gちゃんの姪っ子や甥っ子をつれて近所をふらふらすることが多かったんですが
いくらホーチミン生まれのGちゃんでも長年ここを離れて日本で暮らしていると既に観光客状態なので
市場に限ってはお姉ちゃんが一緒じゃないと迷うし危険ってことで 市場に行くときはいつもお姉ちゃんと。

市場に行くときのシクロもおねーちゃんに交渉してもらいます。私はGちゃんと2人乗りでシクロ乗車。
(オトナの顔はモザイクの代わりにフレディーで加工してみました。)
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町の様子
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丁度 旧正月前だったので市場の中は大混雑。迷子にならないようにしっかりみんなで手をつないで
途中しんどくなったら靴磨き屋さんのような状態でやってるネイルケア屋さんで油うったり
おねーちゃんがお買い物中は50円ぐらいでペディキュアして待っていたりするのも楽しかったわー
衣料を扱ってる市場では行く度に停電するから(建物の中なので昼間でも暗い)その度に大騒ぎしたり。

買ってきた食材で、Gちゃん姉さん&Gちゃんママにいつもおいしい料理を作ってもらってました
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大家族なので食事は女組と男組、あるいは若者と大人など、時間差で食べることが多かったかな。
いつもテーブルには巻き巻きする用の生野菜がどっさり。
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U25組 (子供&G夫妻)の鍋は こんな風に争奪戦wwww
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写真では伝えきれないけど ここんちで食べた食事はどれもこれもサイコーにおいしかった!!
夕食の時間がいつもかなり早いので 夜10時ごろになると小腹がすいたオトナ達は
近所の屋台エリアへと繰り出します。テト前後だったので正月飾りっぽい赤風船がいっぱい。
パジャマでうろうろする住民達w
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たいていは夜食にフォーを食べに行くんだけど めっちゃくちゃ安かったんです。
ただし、私が行くとやっぱり高く言われるらしいのでいつもGちゃんにまとめて買ってもらってました。
たまには何かわからん料理を食べたり、輪投げをしたり して大人の時間を楽しみます
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全体的にどこで何を食べてもおいしかったけど、やっぱりG姉家のおうちごはんが一番美味しかった。

チョロンのエリアだけでなくサイゴン(ホーチミンシティ)の中心部にも2度ほどつれていってもらって
アオザイを仕立てたり ちょっとした観光地に立ち寄ったり 新年用の買物をしたりetc・・・・。
他にも日帰りの家族旅行に便乗させてもらったりしてホームスティ気分を満喫したんですけど
いろんなところに連れてってもらいすぎて これがどこだったのか全く記憶にナシなんですけど!
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旧正月あけは、Gちゃんの旦那さんの実家(ホーチミンから北西方面の近隣市のはずれの方だった記憶)
にG夫妻が新年の挨拶に行くという事で ついでに私も強制連行されることに・・・。

そこは、こんなのどかな田舎でした。列車でも行けるみたいだけど私達は車で移動。 
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こちらの村では、Gちゃんの旦那さんのお兄さん夫妻&お父さんにいろいろ案内していただき
2日ほど居候してたんですけど ここでも行った場所は中国っぽい庭園とか中国系の場所ばかり。
祝日を祝うベトナムの国旗がなけりゃ中国に来たのかと錯覚するほど
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ここでは嫁であるGちゃんも 義兄さんのお嫁さんと共に厨房に立って料理を手伝ってました
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この地方の名物は酸味の利いたハムみたいなものだったんですが個人的にはちょっと苦手な味で
だからこそたった2日とかのおでかけなのに無性にG実家でおねーさんの作る食事が恋しくて。。。

チョロンに戻った後も、Gちゃんのおねーさん一家の日帰り家族旅行に便乗して海水浴へGO!!
写真で顔がフレディ加工されてるのは Gちゃん夫妻ですw
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こんな風に蟹が売ってて注文するとゆでたてを運んできてくれます
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最初に20杯ぐらい届いたので驚いていたら あっという間に子供達とG夫妻の6人が完食
衛生的にどーなのよ?と戸惑っていた私も G姉夫婦が追加した蟹をススめられて食べてみたら

うんめぇー!

タレとかも海水浴場のものではなくちゃんと自宅から持ってきていたみたいだから一層美味しい。
子供たちが3日前ぐらいから「一緒に海にいこうねー」って大騒ぎしていたので場所を聞いた時は
当時メジャーになりつつあったリゾート地ではなかったのでちょっと残念に思っていたけど
実際来て見ると このローカル感満載で 須磨海岸みたいな混みっぷりはある意味ツボでw
G一家の存在がなければ 私のようなヘタレ旅行者の分際では体験できなかったと思うと
この時にみんなで海ではしゃいだことも蟹を食い散らかしたこともとても思い出深いです。

その日のG夫妻&G姉一家のショット。大人はフレディー加工しておりますw
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この時の大人数での海水浴は、12人乗りの運転手さんつきレンタカーを借りて行ったんですけど
私の帰国日も G一家はみんなでお見送りに行くといって同じレンタカーを借りててくださいました。
こんな車です
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帰国時には、一家だけではなく製麺作業員のねーちゃんや 近所のガキンチョも乗り込んで
座る場所もないぐらいぎっしぎしに詰め込まれた車で空港へ。(多分子供含む15人は乗ってたw)
中には「エアポートで飛行機が見たい」というノリの近所のガキんちょもいたのだろうけど
こんなに大人数でのお見送りは今まで経験したことがなかったので 感激で涙ドバーッ状態。
ただでさえ涙腺弱いのに!(悲しい、嬉しいの感情のせいではなく体質的に涙目なんっす)

最後は一番下の子が疲れて寝てしまってたけど、空港でちぎれるほど手を振った後は抜け殻。
あまりにも気が抜けてしまって その後空港内で財布を落としたことにも気づかなかった私。
ボーディングで半券をちぎられる時に係員さんに 「あなた、お財布おとしてませんか?」と言われ
そこで落としたことに気づいた次第。どうも、構内のどこかで落としていたのを誰かが届けてくれて
中に入ってたクレジットカードで 名前が判明し、予約記録を調べてこの便だと見越して
係員がすでに搭乗口に持ってきてくれてたようで、搭乗券の名前を見て私に声をかけたとのこと。

なんやの? 当時はベトナムに行ったらぼられるとか、市街地できょろきょろしてたら危ないとか
治安が悪いから気をつけろとか けっこう周りの人たちに脅されてたんですけど
たとえ滞在中はG一家の保護下におかれていたとはいえ みんなええひとやん~~。

もちろんこの滞在でベトナムに対する印象はすこぶる良かったんですけど
それだけではなく おもてなしの気持ちとかそういうものもG一家に学んだ気がします。
こんなに世話になっておきながら 日本国内でのGの引越し後は疎遠になっている現在ですが
この家の場所は覚えてるからいつかおねーちゃん一家に恩返しにいきたいなーと思ってます。
あの頃小学生だった子供達も もうお嫁に行っちゃってるのかな?

そしてこの一家に限らず、今までに私が旅先で受けたご恩は たとえ今後会うことがなくて
ご本人に返すことができなくとも 別の誰かへときちんと還元していきたいな、と 思います


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Top▲ | by la_viajera | 2011-02-06 23:59 | 過去の道楽(たび)
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