※ 今日の一言 ※ '17年の春バリも全行程を終了し帰国しております。夏は夏で他のおでかけが控えていますが 合間を見てぼちぼちとこの春の個別記録を残していきたいと思っています。

<< どちら様ですか?(爆)

ジジイスキーにたまらん街角 @... >>
2010年 12月 06日
思い出のサンフランシスコ   ('03年5月末~6月頭 編 w/ ウ子)
a0074049_22181348.jpg
                                       Jun. 2003 @ St.Helena , CA

'03年5月。冬に猛威をふるったSARSの恐怖冷めあらぬ状態で出発したウ子ちゃんとのメヒコ旅
往路のNW便は日本を出る前に台北からのお客さんも乗せている台湾発の便だったので、機内に
台北中と胸に字の入ったジャージ着用の団体さん(多分何かの試合でアメリカに行く学生達)
が乗り込んでくる姿を見るや否や 無言でささっと風邪感染予防のマスクを着用するウ子www
結局は健康体で戻ってこれたんですけど、到着2日目にしてメヒコの街角にデジカメを忘れ紛失。
その翌日に地下鉄で小銭入れをすられる・・・という多難がウ子ちゃんを襲ったため
デジカメ分も便乗して警察に盗難届けを出しに行く(@保険対策)という体験をしたり
そういう事もあって ウ子ちゃんが居るのに残ってる写真が私のポラロイド日記ぐらいだったり
思い起こせば様々なアクシデントもあった中、ロスカボスを出て最後に向かった経由地は
サンフランシスコでした。ウ子と私共通の知人が住んでいたのでお世話になる気満々。






「アメリカに着いたらキャップがいるからもう安心だねー」なんて 旅の緊張感から解放されて
ロスカボスからアラスカエアーに乗り込みますw この垂直尾翼の絵が怖いんですけどっ!
a0074049_2220245.jpg
チェックインで並んでいる時に目に付いたのはペット連れのアメリカ人がとても多かったこと。
もちろん皆さんゲージに入れて機内に預けられるわけなんですけどネ。
このフライトでは機内でATVツアーで一緒だったマダムアンにも偶然再会したり
フライトそのものはわりと快適で良かったんですけど、最大の難関は到着後のイミグレでした。

以前から、不法滞在とか永住権欲しさの偽装結婚とかアメリカの入管は都市によって厳しい
とは聞いてたんですけど、私はハワイも好きだし中米方面に行く時は必ずメインランド経由だから
往路だけでなく復路もかならず通過するわけで。911以降厳しくなってることは想像してたけれど
当時はバリに行くにもグアム経由だったからアメリカの入管を通る回数は多かったはずなのに
それまで入管でひっかかることなんてなかったからけっこう気楽~に考えてたんです。

ところが、サンフランシスコの空港で止められたwww
その理由は 「なんで10日くらい前に一回アメリカに入国しててまたすぐ入国するのか?」だとさ
こっちだって往路デトロイトで1泊なんてしたくないっって!行けるんならメヒコまで行きたかった(爆)
だけどメキシコシティまでの飛行機の乗り継ぎ便の関係で1泊余儀なくされただけなんだから
そーいうのはエアライン側に言ってよねー!って「その時はメヒコまでのトランジット」とアピールw
それでも何度も何度も同じことを聞かれて、あぁここで何度「トランジット」と言ったことか。

更に別室につれていかれると 各国からの学生らしき年代の人たちが浮かない顔で座らされてて
順番に呼ばれて審査?されてるんだけど、中には体調の悪そうな人もいるのでSARSの恐怖も蘇り、
悪いけどこの部屋そのものに居たくないよーー!!の気分。
本来はすぐに出れると思ってたので、空港の到着口で待ってくれてるキャップにも連絡しなきゃ
心配をかけてしまうと焦る一方、(当時今のように気軽に海外で日本の携帯は繋がらんので)
イミグレの係員に「友達が外で待ってるから、電話かけさせてよ」って言ってもかたくなにNO.

更に私の過去の出入国記録を調べたようで まぁ他に行った国や過去のアメリカ入国の回数考えたら
すべて観光・ホリデー扱いなので怪しいっちゅーたら怪しいんだけどw 怪しげなものを
持ち運びかねない中米エリアだとか、インドネシア含むイスラム圏への入国回数のことよりも
彼らが”問題あり”と的にしたのが「○年の△月にハワイにいってますね」・・ってことで
そんなの急に聞かれても いつどこへ行ったかなんて多すぎて覚えちゃいねーよwwww
で、「入国スタンプがあるってことは、その時期に行ってると思う」って言うと、得意気に
「そこから出国した記録がない。当時米国に不法滞在してたんじゃないか!」と責め立てるわけよ。

「はぁ~?」
ハワイでの入国が7/10。同年7/19に帰国したという関空のハンコがここにあるじゃない!!
あんたらアメリカのイミグレがちゃんとI-94Wの外人帰国後の処理してへんだけやないかっ!!

その記録は米国入管の手落ちだと思う (キリッ

(現在はESTA導入でシステムが変わってますが当時はI-94Wを記入して入国し、帰国時は
入管を通らずに国際便に乗る際に航空会社がチケットの半券にホチキスで留めて搭乗時に回収し
その後イミグレで手続きされるようだったので、きっとその際の処理漏れかと思われますw)

ってか、それ以後も何度かアメリカには入国してるんですけどー。その時は何も言われなかったのに
なんで今になって重箱の隅つつくような(しかも君たち側の間違いの)指摘をするんですかー?
・・・と私もあからさまにムッとなるわけでwww

ハワイから帰国してない疑惑が誤解だという事はわかったけど、そうなるとバツが悪いイミグレ職員w。
次に何を言い出すかと思ったら 「じゃ、今日が今月2回目のアメリカ入国なのはなぜ??
10日間以内に米国に出たり入ったりなんて頻繁すぎておかしいんじゃないの?」

だから~、1回目のはメキシコへ向かうためのTransit !!!

あ~また振り出しに戻るですか?!・・と、あーんぐりww。でもここでけんか腰になって
職員からの印象が悪くなり やつらの匙加減ひとつで意地悪な足止めをくらい続けると、
同行のウ子だけでなく外で待ってるキャップにも迷惑かけちゃうからここはぐっと怒りを抑える。
当時 普段からイライラさせられっぱなしのバリ人相手のイミグレでの出来事なら覚悟はするけど
あんたらアホか?話聞いてないんか? ・・と心底嫌気がさしたアメリカ入国での出来事。

「今、サンフランシスコ在住の友人が外で待ってるからとにかく連絡とらせてくれ・・」と訴え
なんとかキャップの携帯につないでもらうと (多分係員は男が出ると思ってたら女が出たので)
「あ、女友達だったの??」なーんて急に態度が変わり あっさりと釈放されたwwww
きっとキャップのエレガントでポライトな英語での説明が功をなしたのだと思うのだけど
だからこそ、早くキャップに電話して事情聴いてくれ!って頼んでたのに、イミグレの意地悪~!

イミグレが徹底して厳しいのはしょうがないと思うし、私達がそれを受けるのも義務だと思う。
でもあまりにも係員のきまぐれというか匙加減ひとつっぽくてなんか釈然としない気分www
ここでかかった時間2時間。 ングラライのイミグレでもそんなに待ったことなないぞ(笑)

で、無事に通過したので荷物のターンテーブルに行ったけどさすがに2時間前にでてきた荷物は
遺失物か何かとみなされて撤去されとる(泣)まぁそれは治安の為にもわかるのよ。大賛成よ。
でも、ターンテーブルエリアのカウンターに 人っ子一人いない!!!掃除のおばちゃんのみ。
遺失物とみなされた荷物がどこに運ばれたのかわかる術もなく、尋ねようにも係員も居ない上
他の到着便とてあろうにどのテーブルもまわっていない無人状態。ここ、アガーニャかよ(爆)
ついに私キレて 播州弁で怒鳴ってカートにがっつーんとキックであたるw(ウ子びっくり@@)

結局、通りすがりの職員に事情を説明してアラスカエアーの遺失物扱ってる奥のオフィスに
連れて行ってもらって無事にスーツケース回収。この時のアラスカエアーのスタッフは
すごく優しくて、彼女の対応のおかげでなんか救われた感じ。(ポラ日記でも彼女の事は絶賛ww)
そんなこんなで スムースに入国・・とはいかなかったサンフランシスコの空港

実は、私にとってサンフランシスコという都市は10代・20代の頃から良くも悪くも思い出多い町で
誤解を恐れずに言うと「今までの旅行至上、一番寒かった場所が'93年夏のサンフランシスコ」。
そりゃー、冬のNYだとかロンドンだとかオーロラ見に行ったアラスカだとか気温的にはもっと寒い
ディスティネーションもあったよ。 夏のウシュアイアもやっぱり世界の果ては寒かったしw
でも、7月末~8月頭のサンフランシスコだぜ。普通は夏の気候だと思って行くじゃない?
その直前行程がメキシコ~NY~LA(このトピの時)だったから気候的に油断してたってのもある。
そしたらその年のその時期のシスコは11月後半の寒波が押し寄せ、カーディガンでは寒さは凌げず
あとは真夏の日本に帰国するだけという状態で上着を購入せざるを得なかったあの時の敗北感w

寒さが苦手な私。寒いと思って覚悟していく寒い地域よりも きっと暖かいと思って油断した場所が
想像を超える気温の低さだったという心理的ダメージの方がより一層寒さが印象に残ってるわけで。
そんな個人的理由で「'93年夏のサンフランシスコが過去一番寒かった旅先」と感じるのです。
そしてまさかその10年後に同じ都市が「過去一番入国審査で時間がかかった場所」になろうとは!

そういう思い出もあって、昔からけっこうトホホな記憶も多いサンフランシスコなんだけど
街自体は閑静だし 近郊に足を延ばすと見所がとても多くて けっこう好きだったりするんです。
去年の年末から 親友が本人の始めたお仕事の都合で移り住んでいるので1年前に集合したのですが
若い頃よりも今の年齢になって 「あぁ、サンフランシスコっていいところだなー」と感じたり。


この2003年の時もキャップにナパのワイナリーにつれてってもらいました
敷地内にピクニックランチできる場所があって ワイナリー併設のデリで買ったものやワインを
その場でいただくこともできます。ショップで売ってたプレッツェルとハニーマスタード
美味しくて試食しまくった私と、ワイナリーでワインを試飲しまくったウ子さん。共に大満足w

キャップが撮影。手前は私とウ子のアメリカのお父さんw(でも私より年下)
a0074049_22214587.jpg
ワイナリーでワインやお土産を調達した後は 温泉地カリストガの泥スパでリフレッシュ

お風呂は水着着用っすwww (黄色がウ子たん、ピンクがキャップ、赤が俺っち)
a0074049_22223614.jpg

その後は、セントヘレナでちょっと早い夕食タイム(TOP写真の場所です)
ここでの行程はキャップに丸投げでセレクトしてもらった所を案内してもらったので、場所も
店名も覚えてないんだけど、検索したらThe Wine Spectator Greystone Restaurantとな。
公式サイトらしきものはココ。料理大学が同じ敷地内で経営しているレストランのようで
この学校卒業前の生徒さんの実習の場みたいにもなっている様子。つまり未来のシェフの登竜門。
ロケーションもいいし建物も素敵だし、館内は他にも見所が多いんですよー!

キッチンコロシアム風のオープンキッチンで、さすがにお料理もおいしゅうございました!
a0074049_22232847.jpg
この、ナパ・ソノマ方面1日ドライブは自然を満喫★って感じでとても気持ちよかったし
その前日は、郊外のショッピングモールでアウトレット服を買ったり、おいしい飲茶でランチしたり
サンタクルーズ方面を南下しながらミステリースポットなるもので三半規管をヤラレたり(笑)
キャップのおかげでなんと楽しくスムースな旅路だったことか!!www

サンフランシスコも移民の多い地域なので食事に各国料理が調達しやすいのも嬉しいところ
美味しかった郊外のディムサム / 本格的インド料理がお持ち帰りできる店も
a0074049_22241694.jpg
ポラロイド日記のスキャンで画像がわやくそなのが悔やまれるこの時の旅記録なんですけど
他に写真が残っていないからこそこの時の日記帳は思い出がいっぱいつまっていて
読み返す度になかなか濃い~い日々だったよななんて思うんだけど 旅程最後のサンフランシスコで
ようやく落ちついて観光してるこの安心感たるやwww ひとえにキャップ&ダー様のおかげです

車移動が基本っていうのと、カリフォルニア州の禁煙法は 愛煙家の私には正直ちーと厳しいけど
年とってから郊外でのんびり暮らすにはサンフランシスコって悪くないなーなんて思うわけで。
でもやっぱ老後にのんびり余生を過ごしたいのは個人的にはハワイ島なんですけどね。 
だってハワイ島なら禁煙法を気にすることのない我が家があるってのが大きな利点だものw


[PR]
Top▲ | by la_viajera | 2010-12-06 22:28 | 過去の道楽(たび)
<< どちら様ですか?(爆) ジジイスキーにたまらん街角 @... >>